01/離島にいるということ

海にぼんやりと浮かんでいるのは、隠岐諸島の島前に位置する西ノ島(西の島町)、中ノ島(海士町)、知夫里島(知夫村)の三島である。

是非とも、お手元にあるスマートフォンの地図アプリでこれらの島を見て欲しい。パッと見は本土と比較して本当にちっぽけで頼りない存在に思えるが、拡大すれば凛々しく個性を持った島々が浮かび上がってくる。

こんなに小さな島にも脈々と山が連なっており、その谷間にそっと道が通っていたりする。その谷道を車なり自転車なりたまには徒歩で抜けていく時、その瞬間は海は見えないが必ず見えてくるその海に期待を寄せている。それが島にいるということであり、海に囲まれているということだ。

そして、時たまにその見える海のすぐ先にまた陸が現れることもある。そうだ、この三つの島々は向き合っているのだ。海中に埋められた宝箱を守るように海を囲って。

この時、海を隔てて見ているからこそ別の島であると認識できるが、その海は場合によっては湖であったり川であったりする。つまり、これらは「水」によって陸が隔てられているという点で共通しているが、我々に見えていないどこかで陸が繋がっているかもしれないし、ずっと境界が平行したまま繋がることはないのかもしれない。

こんな感じで、島の中にいると海や隣の島が見え隠れしている。ただ、「今、私が見ているのはどの海なのか、どの島なのか」という問いに対する答えは限られている。とてもシンプルなのだ。それが離島にいるということであり、途方もない海に囲まれているということだ。